読書メモ:木田元「哲学と反哲学」(1985年)①

太平洋戦争で日本の敗色が濃厚になってきた頃、田辺元は現実に対する自らの哲学の行き詰まりを痛感し、最終的には懺悔道という独自の哲学を構築するに至った。懺悔道は従来の西洋哲学同様、絶対知への到達を永遠の目標としつつも、従来の哲学とは質を異にし…

感想:『スタートレック:ピカード』シーズン2第5話「Qの陰謀」(ネタバレあり)

第4話← ストーリーの概略 ピカードはついにウォッチャー(タリン)と接触することに成功したが、その風貌がラリスそっくりであることに当惑した。そんなピカードをよそに、タリンは自らの使命について話し始める。タリンは歴史を構成するタペストリーの中で…

感想:『スタートレック:ピカード』シーズン2第4話「ウォッチャー」(ネタバレあり)

第3話← →第5話 ストーリーの概略 ジュラティ博士がボーグクイーンから盗み取った情報を手掛かりに、ピカードは3日後に時間の改変が起こると確信し、それを止めるべく自らも2024年の地球へ降り立つことにした。クイーンが隠そうとしていた座標にはテン・フォ…

感想:『スタートレック:ピカード』シーズン2第3話「同化」(ネタバレあり)

第2話← →第4話 ストーリーの概略 執政官に追い詰められたピカード一行だが、ラフィーとセブンが一瞬の隙をついて彼らを撃退することに成功する。太陽に向かう一行を連合の宇宙戦艦が追尾してくるものの、ラ・シレーナ号のコントロールを掌握したボーグクイー…

感想:『スタートレック:ピカード』シーズン2第2話「処罰」(ネタバレあり)

第1話← →第3話 ストーリーの概略 USSスターゲイザーを自爆させたピカードだったが、ふと気がつくと何故か自宅にいた。辺りを探るピカードの前に、因縁の相手、Qが突如姿を現す。ピカードはQに何が起きているのか問い詰めたが、Qは「裁判はまだ終わっていない…

下村寅太郎と海外留学(メモ)

通勤中に突然思いついたことをメモしておく。なお、現在、私は赴任先にいるため、『下村寅太郎著作集』が手元になく、出典を明記することができない。 下村寅太郎は戦争のために念願だった海外留学をついに果たすことができなかった(下村の友人、西谷啓治は…

感想:『スタートレック:ピカード』シーズン2第1話「スターゲイザー」(ネタバレあり)

→第2話 待ちに待った『スタートレック: ピカード』の最新シーズンが配信されたので、第1話「スターゲイザー」の感想を書き綴ってみたいと思う。 ストーリーの概略 シーズン1最終話から1年ほどが経過した世界。人工生命体となったジャン=リュック・ピカード…

映画感想:『ナイル殺人事件』(2022年)

映画『ナイル殺人事件』(2022年)を鑑賞してきたので、いつものように感想をブログに書き留めておく。以下で長々と述べることを一文で要約すると、「原作との差異を生み出そうとした試みはそのほとんどが不発に終わっているが、実力派俳優(特にエマ・マッ…

映画感想:『ゴーストバスターズ/アフターライフ』(2021年)※ネタバレあり

映画『ゴーストバスターズ』(1984年)及び『ゴーストバスターズ2』(1989年)の正統な続編、『ゴーストバスターズ/アフターライフ』を見てきたので、その感想をいつものようにまとめてみたいと思う。以下の内容を一文でまとめると「前半は不格好な作品だが…

映画感想:『ビバリーヒルズ・コップ』(1984年)

急に映画を見たい気分になったので、Amazonプライム・ビデオで目についた『ビバリーヒルズ・コップ』(1984年)を鑑賞することにした。しかも、その感想を文章に書き留めたいという意欲まで湧いてきた。こんな感覚は久しぶりである。 ストーリーの概略 アク…

読書メモ:野田又夫「哲学の三つの伝統」(1969年)

昨年、ちくま新書から『世界哲学史』(全8巻+別巻)が刊行され、読書人の関心を引き付けることになった。同書は哲学を古代ギリシアに端を発する知の営みとみなす従来の考えを相対化し、より普遍的・多元的な「世界哲学」という見方を提示した。ところで、こ…

読書メモ:辻村公一「有の問と絶対無」(1966年)序言

辻村公一の博士論文『ハイデッガー論攷』(1970年)は4つの本論と3つの付論によって構成されているが、7つの論稿の内的連関を明示するための論文がついに書かれなかったこともあり、それぞれがどう繋がっているのかを推測するのは容易ではない。そこで、今回…

読書メモ:リオタール『ポスト・モダンの条件』(1979年)第1章・第2章

前の記事← 前回に引き続いて、ジャン=フランソワ・リオタールの『ポスト・モダンの条件』の邦訳を読み進めていきたい。 第1章:領野/情報化社会における知(13-19頁) 仮説:「社会がいわゆるポスト・インダストリー時代に入り、文化がポスト・モダン時代に…

読書メモ:リオタール『ポスト・モダンの条件』(1979年)序

→次の記事 ジャン=フランソワ・リオタールの『ポスト・モダンの条件 知・社会・言語ゲーム』(1979年)の邦訳を読んでみようと思う。というのも、ポスト・トゥルースなる語が流行するに至り、ポストモダン思想に対する注目が高まっているからである(例えば…

読書メモ:野家啓一『物語の哲学』(2005年増補)序

西田幾多郎や田辺元ら京都学派の哲学者たちにとって、歴史が重要な問題であったことは今更言うまでもあるまい。下村寅太郎や高坂正顕に至っては生涯を貫く問題であった。ところで、彼らが歴史をどう理解していたかという問題から進み、彼らが展開した歴史哲…

読書メモ:中村雄二郎「現代思想と西田幾多郎」(1985年)

1985年6月15日、中村雄二郎は学習院大学で開催された「西田幾多郎博士記念講演会」で講演を行った。その記録に加筆・修正を施したものが今回取り上げる「現代思想と西田幾多郎」である。中村の西田哲学論の概略を示す論文であり、「問題群としての西田幾多郎…

読書メモ:中村雄二郎『哲学入門 生き方の確実な基礎』(1967年)はじめに+序論Ⅰ

中村雄二郎は1967年に中公新書の1冊として『哲学入門 生き方の確実な基礎』を世に出した。この時期の中村は制度論と情念論の統合というテーマと格闘していたが、まだ解決の糸口を見つけられていなかった*1。『哲学入門』は中村にとってのいわば「悪戦苦闘の…

読書メモ:中村雄二郎『現代情念論』(1962年)第3編第14章

前の記事へ← 最初の記事へ← 今回取り上げるのは中村雄二郎『現代情念論』の第3編第14章「小林秀雄における美意識と政治」である。この文章は中村が小林秀雄を論じた文章の中で、最もわかりやすいものだと思う。今回も、1994年に出た講談社学術文庫版を参照し…

読書メモ:柳田謙十郎『実践哲学としての西田哲学』(1939年)第2編第2章

前の記事へ← 最初の記事へ← 前回の記事の投稿から少し間が開いてしまった感があるわけだが、とりあえず再開してみたいと思う。今回取り上げる箇所は『無の自覚的限定』に収録されている論文のうち「表現的自己の自己限定」から「私と汝」までを扱った箇所で…

読書メモ:中村雄二郎『現代情念論』(1962年)第2編第10章

前の記事へ← →次の記事へ 最初の記事へ← 中村雄二郎の『悪の哲学ノート』(1993年)はその後半部をドストエフスキー論に割いているが、『現代情念論』にもドストエフスキーを扱った章がある。それこそが今回取り上げる第2編第10章「ロシア革命の反世界―ドス…

読書メモ:中村雄二郎『パスカルとその時代』(1965年)序章第1節

中村雄二郎の思索全体を貫くモチーフは2つある。1つ目は情念論と制度論の架橋、もう1つは「デカルトからパスカルへ、パスカルからデカルト」へという往還である。今回取り上げる『パスカルとその時代』(1965年)は後者を主題としたものである。中村の著作は…

読書メモ:中村雄二郎『現代情念論』(1962年)第2編第7章

前の記事へ← →次の記事へ 最初の記事へ← 今回取り上げる『現代情念論』の第2編第7章「マイナス伝統論」は1960年代の日本思想における主な文明論の欠点を剔出し、それを克服する道を示している。また、ドラマと哲学を結び付けている点に、後年の演劇的知の萌…

鈴木亨氏による中村雄二郎評(メモ)

近年、東京大学を拠点に独自の哲学を構築しようとした人々を総称する「東京学派」という概念が提唱されている。「南原繁、廣松渉、大森荘蔵、坂部恵が同じ学派に属するとして、その4人にどのような共通点があるのか」とか「京都学派のように、東京学派を知的…

読書メモ:中村雄二郎『現代情念論』(1962年)第2編第6章

前の記事へ← →次の記事へ 最初の記事へ← 中村雄二郎は「日本の哲学のあり方」について考察する文章を書いている。その時々の思想の流行を踏まえながら考察がなされているため、思想史的には興味深い文章に仕上がっているが、どれを読んでも批判点や結論にさ…

西田哲学を通して教育を見る際の留意点(個人史的メモ)

ファイルの整理をしていたところ、学生の頃に提出したと思しきレポートが発掘されたので、ここに公開してみたいと思う。今から見れば拙い文章・考察だが、私個人にとってはそれなりに意味を有している。というのも、この文章が京都学派について書いた初めて…

読書メモ:中村雄二郎『現代情念論』(1962年)第1編第5章

前の記事へ← →次の記事へ 最初の記事へ← 今回は中村雄二郎の『現代情念論』第1編第5章「美と政治の感性的基礎―サルトル「ジュネ論」にふれて」を読んでいく。第5章は著作集第1巻にも収録されているが、図書館の返却期限が来てしまったため、やむなく1994年に…

読書メモ:村上陽一郎『科学史の逆遠近法 ルネサンスの再評価』(1982年):第2章

下村寅太郎のルネサンス研究を理解するには下村本人の著作だけではなく、他の論者の著作にも当たる必要があるのではないか。そうすることで、下村の独自性や限界が理解できるようになるはずだ。そういう考えから、ルネサンス研究の古典及び重要研究を読もう…

読書メモ:中村雄二郎『現代情念論』(1962年)第1編第4章

前の記事へ← →次の記事へ 最初の記事へ 今回は中村雄二郎の『現代情念論』第1編第4章「コミュニティと民主主義―深層心理学とマルクーゼを手掛かりに」を読んでいく。2021年の今からすれば、マルクーゼを参照しながら現代社会の問題を考察するというのは極め…

読書メモ:西田幾多郎『善の研究』(1911年)第1編第2章

前の記事へ← 前回に引き続いて、西田幾多郎の『善の研究』を読み進めていきたい。今回も『西田幾多郎全集』新版第1巻に収録されているバージョンを参照した。 第1編第2章:思惟(16-24頁) 判断は独立した二つの表象を結合するものだと思われているが、実際に…

読書メモ:中村雄二郎『現代情念論』(1962年)第1編第3章

前の記事へ← →次の記事へ 最初の記事へ 今回取り上げる第1編第3章は哲学は精神分析の知見をどのように取り込むべきなのかという話題が扱われている。例によって、今回も『中村雄二郎著作集』第1巻に収録されているバージョンを参照した。 ちなみに、河合隼雄…