2019-09-26から1日間の記事一覧

究極の教育原理としての実存協同(メモ)

田辺元は「死の哲学」の梗概として執筆した論文「メメント モリ」(1958)の中で『碧巌録』を参照しつつ、実存協同を以下のように説明している。 「師の愛を通じて自ら真実を悟得した弟子は、それに感謝する限り、当然に、自ら悟り得た真実を報謝して、更に…

辻村公一による下村寅太郎追悼講演(メモ)

1995年4月12日、辻村公一(田辺元と高山岩男の弟子。ハイデガーやドイツ観念論の研究で知られる)は日本学士院の総会で同年1月22日に亡くなった下村寅太郎の追悼講演を行った。同講演は下村について考える上で興味深いものを提示しているので、それについて…

下村寅太郎の3つの顔 (メモ)

京都学派の哲学に関する論文・研究書は毎年世に出ているわけだが、下村寅太郎に関する研究は一向に進む気配がない。2016年には「下村寅太郎という謎」と題された論文が発表されたわけだが、2019年の今も、下村は謎の存在として君臨し続けているように思う。…

森昭の教育哲学と京都学派の哲学①(メモ)

最近、筆者のTLに京都学派と教育学の関係についてのツイートが流れてくるようになった。この問題に関心を持つ人が少なからずいるようなので、2年前に作成したメモを公開する次第である。(タイトルには①とつけたが、②以降が出るかどうかはまだはっきりしない…

下村寅太郎が見た柳田謙十郎の転向 (メモ)

予め断っておくが、このメモ書きは柳田謙十郎の転向の是非を検討したり、転向に思想上の内的必然性があったか否かを検証したりするものではない。 柳田謙十郎の転向 1939年、柳田謙十郎は『実践哲学としての西田哲学』を公刊したが、その中で以下のようなこ…

下村寅太郎は京都学派をどう理解していたか (メモ)

念のために前置きしておくが、このメモ書きは「下村寅太郎が言うように京都学派を理解すべきだ」などと主張するものではない。 哲学における京都学派の定義は大きく分けて2つある(藤田(2009)などを参照のこと)。1つ目は京都学派を西田幾多郎・田辺元を中心…

田辺元の「死の哲学」と高村光太郎の『智恵子抄』①(メモ)

田辺元の「死の哲学」と詩の関係を考察する場合、ヴァレリー論やマラルメ論が頻繁に取り上げられるわけだが、他の途もいくつか存在する。このメモ書きでは田辺の「死の哲学」と高村光太郎の『智恵子抄』の関係について書いてみようと思う。①では両者の関係に…

田辺元のジョン・デューイ評 (メモ)

京都学派の哲学者とジョン・デューイの関係と聞いたなら、西田幾多郎がデューイの『論理学』を読みたいと切望していたことや高山岩男が「呼応の原理」を構築する際にデューイの探求の論理を参照したことが真っ先に思い浮かぶだろうが、実は、田辺元も1回だけ…

井筒俊彦による西谷啓治・下村寅太郎評(メモ)

このメモ書きは昨年の夏に作成したものである。「井筒が田辺元の哲学を論じているか箇所はないか」と思って『井筒俊彦全集』の頁をめくったが、田辺に関する記述は見つからなかった。ただ、井筒俊彦が西谷啓治と下村寅太郎の仕事をどう評価していたのかが分…

下村寅太郎と分析哲学/大陸哲学 (メモ)

このメモ書きは去年の夏頃に作成したものである。 下村寅太郎は『哲学研究』の田辺元博士追悼号(1964年)に論文「田邊哲学における数理哲学の地位について ―『数理の歴史主義展開』を中心として―」を寄稿した(以下では、この論文を下村論文と略記する)。…

田辺元の「死の哲学」における「切断」(メモ)

このメモは去年の7月半ばに作成したものである。 田辺元は独自の哲学的立場を打ち立てる際に、頻繁に数学を参照した。科学を論じる際に数学に言及することは勿論、社会や宗教・芸術の問題を論じるときにも数学が参照される。その中でも、特に頻繁に言及され…

高橋里美に関する日本語文献(メモ、2022/02/22最終更新)

高橋里美についての日本語文献の一覧を作成したので、ここに公開する次第である。門外漢が作成したので、取りこぼしてしまったものも少なからずあると思う。その点に留意して使って頂きたい。なお、高橋に関する研究は英語圏でも行われている(例:Makoto Oz…

下村寅太郎の「数学への歴史」に対する疑問(メモ)

いつものように、Twitterにメモしようと思ったのだが、予想外に長くなりそうなのでここにメモしておくことにする。 下村寅太郎は数理哲学者として研究者のキャリアをスタートさせた。その際、師匠の田辺と同様、数学に出てくる諸概念を哲学的に基礎付けてい…

映画『アド・アストラ』感想 - 「最後のフロンティア」ではない宇宙

ジェームズ・グレイ監督の新作映画『アド・アストラ』(主演:ブラッド・ピット)を見てきたので、鑑賞中に思い浮かんだことをここにメモしておきたい。 ※映画の歴史に関する記述もあるが、筆者は映画史に精通しているわけではない。間違いがないように注意は…

田辺元によるハイデガーの技術論批判

一昨年、とある授業でハイデガーの講演「技術への問い」を読み、それに関するレポートの提出を求められた。その際、田辺元の「死の哲学」の立場からハイデガーの技術論を批判しようと思い付き、この抜き書きを作成した。 抜き書きを作成した段階では気が付か…

南原繁と木村素衛のフィヒテ論に関する年表

去年の12月、ある年長者の方から「南原繁(1889-1974)と木村素衛(1895-1946)はフィヒテの影響を強く受けたという共通項を有しているわけだが、両者の違いはどこにあるか」という問いを頂戴した。筆者としてもこの問いに答えたいところではあるが、素人が…

映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』感想(ネタバレあり)

あらすじ リック・ダルトンは1950年代にテレビドラマ『Bounty Law』の主人公として人気を博していた。その後、映画界への転身を試みたが、思うような結果にはならなかった。1969年の時点で、リックはテレビドラマへのゲスト出演で糊口を凌ぐ状況にあった。リ…

柳田國男の西田幾多郎評 (メモ)

1949年5月15日、民俗学者の柳田國男は思想史家の家永三郎と対談した際に以下のようなことを述べたという(家永(1998:471))。 家永 先生は現代の哲学者の著述をお読みになるか。柳田 読むが、大てい途中で投げてしまふ。西田幾多郎氏の論文などついて行けな…

田辺元と務台理作の論争に関する年表

田辺元と高橋里美の論争、田辺元と務台理作の論争、丸山真男の務台理作批判、南原繁の田辺批判は一連の出来事として捉えることが可能である(合田(2018:27-29))。それ故、本来であれば、上の4つの事象をまとめて年表にすべきなのだろうが、読みにくい代物に…

田辺元と高橋里美の論争をめぐる年表

田辺元と高橋里美の論争、田辺元と務台理作の論争、丸山真男の務台理作批判、南原繁の田辺批判は一連の出来事として捉えることが可能である(合田(2018:27-29))。それ故、本来であれば、上の4つの事象をまとめて年表にすべきなのだろうが、読みにくい代物に…

田辺元の「死の哲学」とフロイト(メモ)

昨年の5月に作成したメモ。 田辺元は「死の哲学」を構想する際に、フランクルの著作を参照したが、「精神分析的なこちたさ」が原因で通読できなかったようである(田辺(2012下:112))。その一方で、フロイトの精神分析学には、自分の哲学との共通点を見出し…

田辺元とカントの根元悪(メモ)

今年の1月にある先生から田辺元の哲学を考察する上で重要な問いを頂いたが(もしかすると、カントの哲学を考察する上でも重要かもしれない)、筆者にはこの問いに応答できる機会がもうないと思われるので、ここに公開することにした。 田辺元は戦前に発表し…

ハイデガーは田辺元の批判に応答しなかったのか?(メモ)

一昨年、ハイデガーに関する講義を聴講した際、最終レポート作成のために書いたメモを公開することにした(仮説を立てたまでは良かったが、論証で挫折してしまったため、結局、別のテーマでレポートを書くことになった。)なお、注記は新しく書き足したもの…

田辺元と森昭 二度目の懺悔道(メモ)

以下のメモ書きは一昨年の冬に作成したものです。公開に当たり、文章表現の一部に手を加えており、注記を付け加えています。 後期の田辺哲学の研究において、懺悔道とはどのような哲学的立場かという問題は頻繁に論じられている。その問題を解明するための新…