下村寅太郎
通勤中に突然思いついたことをメモしておく。なお、現在、私は赴任先にいるため、『下村寅太郎著作集』が手元になく、出典を明記することができない。 下村寅太郎は戦争のために念願だった海外留学をついに果たすことができなかった(下村の友人、西谷啓治は…
下村寅太郎の論文「田邊哲学の発展とその性格」は『田邊哲学』(弘文堂、1952年)に収録され、『下村寅太郎著作集』の第12巻にも収められている。今回読解したのは後者のバージョンである。この論文には下村が師匠である田辺元の哲学のどのような点を高く評…
1995年4月12日、辻村公一(田辺元と高山岩男の弟子。ハイデガーやドイツ観念論の研究で知られる)は日本学士院の総会で同年1月22日に亡くなった下村寅太郎の追悼講演を行った。同講演は下村について考える上で興味深いものを提示しているので、それについて…
京都学派の哲学に関する論文・研究書は毎年世に出ているわけだが、下村寅太郎に関する研究は一向に進む気配がない。2016年には「下村寅太郎という謎」と題された論文が発表されたわけだが、2019年の今も、下村は謎の存在として君臨し続けているように思う。…
予め断っておくが、このメモ書きは柳田謙十郎の転向の是非を検討したり、転向に思想上の内的必然性があったか否かを検証したりするものではない。 柳田謙十郎の転向 1939年、柳田謙十郎は『実践哲学としての西田哲学』を公刊したが、その中で以下のようなこ…
念のために前置きしておくが、このメモ書きは「下村寅太郎が言うように京都学派を理解すべきだ」などと主張するものではない。 哲学における京都学派の定義は大きく分けて2つある(藤田(2009)などを参照のこと)。1つ目は京都学派を西田幾多郎・田辺元を中心…
このメモ書きは昨年の夏に作成したものである。「井筒が田辺元の哲学を論じているか箇所はないか」と思って『井筒俊彦全集』の頁をめくったが、田辺に関する記述は見つからなかった。ただ、井筒俊彦が西谷啓治と下村寅太郎の仕事をどう評価していたのかが分…
このメモ書きは去年の夏頃に作成したものである。 下村寅太郎は『哲学研究』の田辺元博士追悼号(1964年)に論文「田邊哲学における数理哲学の地位について ―『数理の歴史主義展開』を中心として―」を寄稿した(以下では、この論文を下村論文と略記する)。…
いつものように、Twitterにメモしようと思ったのだが、予想外に長くなりそうなのでここにメモしておくことにする。 下村寅太郎は数理哲学者として研究者のキャリアをスタートさせた。その際、師匠の田辺と同様、数学に出てくる諸概念を哲学的に基礎付けてい…