京都学派

田辺元と務台理作の論争に関する年表

田辺元と高橋里美の論争、田辺元と務台理作の論争、丸山真男の務台理作批判、南原繁の田辺批判は一連の出来事として捉えることが可能である(合田(2018:27-29))。それ故、本来であれば、上の4つの事象をまとめて年表にすべきなのだろうが、読みにくい代物に…

田辺元と高橋里美の論争をめぐる年表

田辺元と高橋里美の論争、田辺元と務台理作の論争、丸山真男の務台理作批判、南原繁の田辺批判は一連の出来事として捉えることが可能である(合田(2018:27-29))。それ故、本来であれば、上の4つの事象をまとめて年表にすべきなのだろうが、読みにくい代物に…

田辺元の「死の哲学」とフロイト(メモ)

昨年の5月に作成したメモ。 田辺元は「死の哲学」を構想する際に、フランクルの著作を参照したが、「精神分析的なこちたさ」が原因で通読できなかったようである(田辺(2012下:112))。その一方で、フロイトの精神分析学には、自分の哲学との共通点を見出し…

田辺元とカントの根元悪(メモ)

今年の1月にある先生から田辺元の哲学を考察する上で重要な問いを頂いたが(もしかすると、カントの哲学を考察する上でも重要かもしれない)、筆者にはこの問いに応答できる機会がもうないと思われるので、ここに公開することにした。 田辺元は戦前に発表し…

ハイデガーは田辺元の批判に応答しなかったのか?(メモ)

一昨年、ハイデガーに関する講義を聴講した際、最終レポート作成のために書いたメモを公開することにした(仮説を立てたまでは良かったが、論証で挫折してしまったため、結局、別のテーマでレポートを書くことになった。)なお、注記は新しく書き足したもの…

田辺元と森昭 二度目の懺悔道(メモ)

以下のメモ書きは一昨年の冬に作成したものです。公開に当たり、文章表現の一部に手を加えており、注記を付け加えています。 後期の田辺哲学の研究において、懺悔道とはどのような哲学的立場かという問題は頻繁に論じられている。その問題を解明するための新…