南原繁と木村素衛のフィヒテ論に関する年表

去年の12月、ある年長者の方から「南原繁(1889-1974)と木村素衛(1895-1946)はフィヒテの影響を強く受けたという共通項を有しているわけだが、両者の違いはどこにあるか」という問いを頂戴した。筆者としてもこの問いに答えたいところではあるが、素人が片手間で解決できるような問題ではないだろう。だからと言って、問いをこのまま放置するのもどうかと思い、このメモ書きを公開する次第である。

年表

※年表の「」は論文、『』は本を意味する。また、旧字体や旧仮名遣いは新字体・新仮名遣いに修正してある。
1930年1月
木村素衛が「フィヒテに関する覚書第一」を発表
1930年11月・12月
南原繁が「フィヒテ政治理論の哲学的基礎」(1)(2)を発表
1931年1月
木村素衛が訳したフィヒテの『全知識学の基礎』が発売される。序文は西田幾多郎が書いた。
1931年5月・9月
南原繁が「フィヒテ政治理論の哲学的基礎」(3)(4)を発表
1931年?月
木村素衛が「理論と実践 -フィヒテ哲学の根本思想-」を発表。
同論文は『独逸観念論の研究』(1940年)にも収録。
1933年~1934年
木村素衛が「フィヒテの理論哲学」を執筆。同論文は『独逸観念論の研究』(1940年)に収録。
1934年4月
南原繁が「フィヒテにおける国民主義の理論」を発表。
木村素衛が「フィヒテ哲学の根本原理に関する一つの考察」を発表。
1934年12月
木村素衛が「フィヒテの知識学の本質」を発表。
1937年9月
木村素衛の『フィヒテ』が刊行。
1939年3月
木村素衛の『「独逸国民に告ぐ」に就いて』が刊行
1939年7月
木村素衛の『国民と教養』が刊行。
1939年12月
南原繁が「フィヒテにおける社会主義の理論」(1)を発表。
1940年12月
南原繁が「フィヒテにおける社会主義の理論」(2)を発表。
木村素衛の『独逸観念論の研究』が刊行。
1941年11月
木村素衛の『国民教育の根本問題』と『形成的自覚』が刊行。
1942年4月
南原繁が「国家と経済 -フィヒテを起点として」を発表。
1946年2月
木村素衛の遺著『国家に於ける文化と教育』が刊行。
1959年4月
南原繁の『フィヒテの政治哲学』が刊行。

南原繁フィヒテの政治哲学』(1959年)の目次

第1部 フィヒテ政治理論の哲学的基礎
第1章 「知識学」の発展と政治哲学
第2章 政治・道徳・宗教の関係Ⅰ
第3章 政治・道徳・宗教の関係Ⅱ
第4章 現代哲学の問題
→第1部は南原が1930年11月から1931年9月に発表した論文「フィヒテ政治理論の哲学的基礎」(1)~(4)が原型となっている。
第2部 フィヒテの政治理論の発展
第1章 自由主義の理論
→書き下ろし
第2章 社会主義の理論
→南原が1939年12月と1940年12月に発表した論文「フィヒテにおける社会主義の理論」(1)~(2)が原型となっている。
第3章 民族主義の理論→南原が1934年4月に発表した論文「フィヒテにおける国民主義の理論」が原型となっている。

注記

木村素衛の著作の目次はリンク先を参照のこと。また、木村とフィヒテの関係については小田部(2010)の第三章註24と第四章註7を参照のこと。

南原繁(東京帝大)と木村素衛(京都帝大)は同時期にフィヒテ研究に取り組んでいたのだから、直接の面識はなかったとしても、論文を通して相手の存在を知っていたはずである。ところが、筆者が調べた限りでは、南原のフィヒテ論に木村の名前は出て来ず、木村のフィヒテ論にも南原の名前は出て来なかった。不可思議である。

・『フィヒテ全集』の第17巻(『ドイツ国民に告ぐ』を収録)の訳者解説で、木村が『「独逸国民に告ぐ」に就いて』と『国民と教養』で示したフィヒテ理解が南原のフィヒテ解釈の基礎となったという指摘がある(早瀬(2014:314))。ここで言う「木村のフィヒテ理解」とは、「祖国愛の本質と構造を、後期フィヒテに於ける形なきもの・不可視なものとしての神的生命の愛から解明しようとする」というものだが(早瀬(2014:314))、木村の2つの書籍が刊行されたのは1939年のことである。南原は『フィヒテの政治哲学』の第2部第3章でフィヒテ愛国心の問題を考察しているが、その原型となった論文は1934年4月に発表されている。第1部にも祖国愛についての考察はあるが、第1部の原型となった論文は1930年から1931年に発表された。
 つまり、木村が1939年に示したフィヒテ理解が南原のフィヒテ理解に影響を与えたはずはないのだが、どういうことなのだろうか。

文献

大西正倫(2004a)「木村素衞に関する文献・資料目録(上)」,『教育学部論集 』第15号, 139-156頁
大西正倫(2004b)「木村素衞に関する文献・資料目録(下)」,『教育学部論集』第16号,179-196頁
小田部胤久(2010)『木村素衛 「表現愛」の美学』,講談社
早瀬明(2014)「解説」,『フィヒテ全集』第17巻,晢書房
福田歓一(1973)「解説」,『南原繁著作集』第2巻,445-464頁,岩波書店
山口周三(2012)『南原繁の生涯 信仰・思想・業績』,教文館