映画『ドクター・スリープ』感想

 スティーヴン・キングの小説『ドクター・スリープ』を映画化した作品を鑑賞したので、その感想をここにメモしておきたい(ネタバレがあるので注意)。

あらすじ

 ダニー・トランスは惨劇から立ち直ることができず、中年になった今では酒浸りの日々を送っていた。そんなある日、ダニーは自らと同じ能力を持つ少女(アブラ)からメッセージを送られた。やがて、アブラは悪霊たちに目を付けられてしまう。悪霊たちは特殊能力(シャイニング)を持った人間の精気を吸収することで生き延びていた。介入を躊躇していたダニーだったが、メンターのディック・ハロランに諭され、アブラを守るために行動することになった。

152分を長いと思わせない演出

 本作の上映時間は152分であるが、腕時計をちらちら見てしまうような退屈な作品ではない。ダニーが徐々に立ち直っていく姿を描いた前半部こそゆったりしているものの、ダニーがアブラを守るための闘いに身を投じた後半部はぐいぐいと観客を引き込んでいく(後述のように、緊張感が途切れる箇所があるのは残念だが)。
 マイク・フラナガン監督は本作で①スタンリー・キューブリック監督の名作『シャイニング』を踏まえつつ、②スティーブン・キングの原作小説の魅力を表現すると共に、③自分らしさを出していくという難行に挑んだ。キングの小説を読んだことがないので、私には②が達成できているか否かを判断できないが(キング本人は本作を高く評価している)、①と③は上手く行っていると思う。
 本作には『シャイニング』を意識したシーンが多数盛り込まれているが、無理矢理入れた感は一切なく、それらは自然な形で挿入されている。REDRUMの使い方が特に上手かったように感じる。また、本作は『シャイニング』よりも登場人物の心情描写が細やかである。おそらく、監督はそこで独自色を出そうとしたのではないか。

演技に関して

 ここ数年、ユアン・マクレガーは「人生に疲れ、その後立ち直る中年男性」の役を演じることが多いように思えるのだが、本作での演技を見るに、それも宜なるかなと思う。彼以上にその手の役柄を上手く演じられる人は思い浮かばない。本作のようなストーリー展開だと、終盤で主人公がやたらと格好良くなってしまうことがあるわけだが、マクレガーが苦悩を滲ませた表情を貫いているので、そのような事態が防がれている。また、ジャックが斧で壊した穴を覗き込むシーンに見せた表情は絶妙であった。本作での演技はマクレガーのキャリアベストだと思う。
 アブラ役のカイリー・カレンの演技も印象に残った。終盤、ダニーがアブラに憑依するシーンがあるわけだが、そのときの彼女の表情は中年男性の老獪さ・食えなさがはっきりと表現されていた。中学生ができる表情には見えなかった。どうやってその表情を生み出したのかは分からないが、見事という外ない。今後の活躍に期待したいものである。

本作の欠点

 『ドクター・スリープ』は良作ではあるが、『シャイニング』のような傑作の域には到達していないと思う。その理由を2点挙げてみたい。

 1つ目はジャック・ニコルソンシェリー・デュバルのそっくりさんを登場させたことである。前者はヘンリー・トーマス、後者はアレックス・エッソーが演じたわけだが、本物に比べて迫力に欠ける。確かに、その仕草や表情は瓜二つなのだが、病的な雰囲気が欠落している。ダニーがトランスの亡霊と対峙するシーンは、もっと緊迫して然るべきだが、それが原因で緊張感に乏しいシーンになってしまっている。ニコルソンの仕草を上手くコピーしているばかりに、コミカルさすら生まれている。このシーンの後、ダニーは自らの過去を一気に精算するわけだが、その前に緊張感が一時の間でも失われたのは勿体ないことだと思う。怒濤の勢いでたたみかけるべきだった。

 2つ目は悪役に人間味や愚かさが感じられることである。『シャイニング』の悪霊や発狂後のジャックには一切人間味が感じられず、それが言いようのない恐怖を生み出したわけだが、本作に出てくる悪霊たちは人間のような行動原理を持っている。本作の悪霊たちは猟銃で撃たれた仲間を助けようとするわけだが、それは人間的である。また、ローズにはアブラを仲間として受け入れるという選択肢があったにも拘らず、そうしなかった。それは自分より優れた能力を持つアブラを仲間にすることで、集団内での自分の地位が低下することを恐れてのことであった。本作における悪霊たちは理解不可能な存在ではなく、理解可能な存在である。そのため、『シャイニング』ほどの恐怖を生み出せていない。
 また、ローズが愚かに見える瞬間があるのも宜しくない。ローズはアブラが桁外れの能力を持っていることを確信しているにも拘わらず、特に何の備えもないままアブラの内面に入り込み、返り討ちに遭っている。普通に考えれば、用意周到に作戦を立てるはずである。さらに言えば、ローズは特に用心することなく山頂のホテルに乗り込んでいる。アブラの協力者(ダニー)がシャイニングの持ち主である可能性を疑っていた形跡もなく、ホテルが悪霊の巣窟であることに気が付いたのは今際の際であった。並外れた特殊能力を持っているのか疑わしくなってくる。はっきり言って、ダニーの人生を賭けた闘いの相手として、ローズはしょぼいと言わざるを得ない。

結論

 欠点を指摘する箇所が長くなってしまった。念のために繰り返すが、本作は間違いなく良作であり、映画館で鑑賞するに値する作品である。『シャイニング』が好きな人間であれば、まず間違いなく気に入ると思われる。