読書メモ:佐々木力『近代学問理念の誕生』序文(v-x)

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 下村寅太郎の科学論をより深く理解するために、私は余暇を使って近代科学の誕生に関する書物を読み進めているが、この度、新たに佐々木力氏の『近代学問理念の誕生』(1992年、岩波書店)を読むことにした。下村も熱心に研究していた科学革命論を扱った序章とニュートンを扱った第3章に関してはメモを取りながら読むことにしているが、残りの章についてもそうするかはまだ決めていない。

序文(v-x頁)

17世紀について

数学的自然科学ないしは機械論的自然科学が実用的価値を超えて、学問において特別に追究されるべき理念的存在と目されるようになったのは17世紀のことである。
17世紀は古代・中世科学が近代科学へと変貌を遂げた時期である。
その変貌を経験せず、ただ成果だけを導入した日本人が近代科学の意義を問い直す際、17世紀の学問論を批判的に考察することは特に重要である。
17世紀が「天才の世紀」となったのは、多くの天才が偶然生まれたからというよりも、既成の諸学問の枠組みを超えて新興学問の土台が構築されることになり、そこに優れた若き知性たちが動員されたからである。

近代学問と近代の乗り越え

「近代の学問思想は、敢えて極端に単純化して定式化すれば、ルネサンス機械的技芸のブームを背景とし、加えて対抗宗教改革とともに復興した古代の懐疑論を仮想論敵として、古代・中世の学問思想がドラスティックに変革されることによって」誕生した(vii)
社会における道具的理性の発現を貨幣に見ることができるならば、自然的世界における道具的理性の発現を数学的自然科学に見ることができる(cf.ジンメル『貨幣の哲学』)。

近代を乗り越えるには、近代の正確な理解が必要である。17世紀の巨匠たちが古代・中世の学問を乗り越えるに際し、それを正確に理解したように。近代は前近代的な蒙昧主義によって乗り越えられるものではない
「新たな学問理念を定礎するには、マキャヴェリホッブズの政治哲学、あるいはベイコンの自然哲学が、すぐれて人々そして自然を支配しようともくろむ「力」の哲学であったことをまず理解し、その理解の上に立って新たな社会ー政治思想を」構築していく必要がある。

この本の位置づけ

同書で氏が意図するところは「二十世紀の最良の学問思想的意識である歴史哲学的方途に沿い、一見超越的に見える諸価値の歴史化」である。氏の師匠、トーマス・クーンによる「近代科学の歴史的動態化」の一翼を担う試みだが、クーンの関心が当時哲学方向に傾きつつあったのに対し、氏の関心はあくまでも歴史的方向にある(X)。

同書は氏の近代科学史論3部作の2作目である。1作目の『科学革命の歴史構造』(1985年)は氏の科学史の構想が展開され、3作目の『デカルトの数学思想』(2003年)では近代科学・近代数学にとって重要な意味を持つデカルト哲学を精密に考究したとのこと。