読書メモ:中村雄二郎「問題群としての「西田幾多郎」」(1983年)

 中村雄二郎の論文「問題群としての「西田幾多郎」」(1983年)は中村が初めて発表した西田哲学論だが、別の論文と内容が重複しているという理由で著作集に収録されていない*1。そのため、『西田哲学の脱構築』(1987年、岩波書店)に収録された版を読んでいき、重要だと思ったことをメモしておく。

はじめに(37-39頁)

 今、物を考える際の基軸としての<哲学>が求められている一方で、<哲学>とは何かがはっきりしなくなってきた。日本においては、その問題が特に深刻である。と言うのも、日本では、日本の伝統思想の中に<哲学>と呼べるものが存在したのかという問題が同時に浮上しているためである。
この問題は三宅雪嶺中江兆民以来のものである。

西田幾多郎は確実な人生観・世界観を構築しようとする一方で、それを厳密な学問知である<哲学>として展開しようとした。その意味で、西田は近代日本最大の哲学者、日本における最初の独創的な哲学者である。
中村が西田を上のように評価するのは「西田の理論が私たちに投げかける問題の大きさ、深さ」「彼が鍬を入れた領野の、現代哲学の問題としての根の深さ」故である(39)。西田こそ、最も検討し批判し甲斐のある哲学者であろう。

西洋世界での<哲学>の問い直しによって、西田哲学の世界性が明らかになった。
「日本での<哲学>の曖昧さは、適切な接近方法を用いることで必ずしも曖昧でなくなり、ときにかえって積極的な意味を持ちうる」。このとき、洋の東西という二項対立は絶対的ではなくなり、両者に通底するものをも見いだせる。

1:自己―<純粋経験>を中心に(40-48頁)

西田の「自己」概念は感情を帯びた身体性を有する行為的自己であって、そこには明治期の青年たちが共通して抱えていた挫折感や悲哀も反映されている。デカルトの「自己」のように、理性的で自由な確たる自己ではない。

中村は純粋経験に西田の参禅体験・見性体験が反映されていると見る。

西田の真実在への近付き方(主客未分の純粋経験)は小林秀雄の美的対象への近付き方(心を虚しくして自然を受け入れる)と似ている。
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小林が言う「己れの世界」は西田が考える自己=宇宙ほどの自在で広大な広がりを持たない。小林は個々の生の具体的な形(作品)を重視し、その表れである言葉=表現を問題とする。
相違はあれど、西田と小林は人間の表層的な意識的自我の根底に、パトス的な行為的自己の活動があることを示した。しかし、両者の自己は内面的に過ぎ、制度的・政治的な現実と隔絶している
直接経験を重視するとき、自己の有り様を支配や従属という観点から客体化しにくいという問題。

森有正が言う「経験」は西田のように主体=主語の契機が放棄されていない。また、森は小林とは異なり、自己の外部で起こる出来事をも経験に含んでいる。
森の汝-汝関係は事実の提示であって、何故日本人の自他関係が汝-汝関係になっているのかまでは解明していない。それを解明する鍵は河合隼雄の日本人論にある*2
西田・小林の自己はユングが言うところの自己に相当する。

西田幾多郎純粋経験や行為的自己の概念は、単に東洋思想や日本思想を哲学的に基礎づけたものではなく、人類に共通な問題である<自己>や<経験>という問題に深く切り込んだ。

2:場所―<無の論理>を中心に(48-56頁)

哲学において、場所の問題は近代知の主観-客観図式を超える手がかりとして大きな意味を持つ。
西田の<場所=無の論理>は、主語論理から述語論理へというコペルニクス的転換を行うとともに」、「すべての存在を述語的基体=無によって根拠づけ」た。また、「場所の論理は、近代日本人が明治維新以降西洋文化接触接触をとおして或る程度身につけたものの、それだけでは釈然としなかった主語論理以外にも権利上同等の論理があることを明らかにした」。以上2つの点において画期的だった(51)。

西田自身は自覚していなかったが、場所の論理は<日本語の論理>をも明らかにした*3
時枝誠記の言語過程説における<場面>と西田の<場所の論理>は結びつく*4

さらに、西田は意図せずして人類の心の深層を支配する論理をも解明し、精神分裂病の謎を解く鍵を提供した。cf.木村敏の分裂症論

3:表現的世界―<行為的直観>を中心に(56-64頁)

 西田は社会も歴史も<関係的実存>とも言うべき観点から捉え、制作や実践の概念を導入したりマルクスの理論を参照したりすることで、社会や歴史に関する考察を展開したが、弁証法>の名の下に絶対と相対が混同されることが多く、成功した理論とは言えない(60-61)。
行為的直観は全身体的に世界や物事を捉える認識方法を提示したもので、文化人類学のフィールドワークや精神医学の臨床における認識論的基礎を構築するのに役立つだろう。
行為的直観は西洋近代の知を超えているとも言える。

歴史的身体という概念には曖昧さが残るものの、示唆的な概念である。
①歴史的身体は人間主体を心身合一的な身体とみなし、そこに道具や言語の発生の由来を求め、身体の社会的な活動への広がりを見た
→西田は修行による心身合一を重視する日本的・東洋的伝統を受け継ぎつつ、その立場を超えて、道具や言語を介して身体を社会へ接続しようとしたが、制度論の視点が欠けていたために、疎外や物象化の問題を扱いきれず、その社会論は思弁的なものとなってしまった。

②社会化された身体のうちに歴史性を見ると共に、歴史を身体的なものと見た
→五感の歴史性を説いたマルクスを超えた視点。また、身体への年齢的限定を強調した世阿弥能楽論にも通じるものがある。

③我々が歴史的身体として働くことは表現的世界の自己限定であり、歴史的生命が我々の身体を通して自己実現するだとした
→このため、西田哲学における身体的自己はコスモロジカルな性格を帯び、相対的な歴史の考察から遠ざかる結果となった。その一方で、西田は身体の宇宙性という問題にまで到達した。

おわりに(65-67頁)

「西田の場合、弁証法の名のもとに実在の多面性や矛盾的性格が執拗に追求される。それはいいのだが、そのかわりに弁証法の多用があまりにも特殊な用語と概念の世界」を生み出している。これを外部へと開くために、中村は西田と他の思想家の比較という手法を採用した。

西田哲学の射程が大きくなり得たのは、西田が自分の中で深く感じた存在の実在性を哲学の様々な考え方に照らし合わせて言語化したからである。西田が東洋思想・日本思想を参照したと言っても、それは西田に内面化されたものである。

西田の純粋経験の意義は主客身分の状態の意味を解明したことにあるというより、無意識を含めた心の中心としての自己を発見したことにある*5



 

*1:『西田哲学選集』の別巻には収録されているが

*2:ここら辺の記述は、素朴な日本人論、安易な西洋・東洋比較に思えてならない。また、西田や小林の自己概念とユングの自己概念の比較はもっと丁寧になされるべきであろう

*3:下村寅太郎の西田哲学論と似た着眼点であろう

*4:時枝の言語理論を参照しながら「日本語の哲学」の特性を抽出しようとするのは時代遅れではあるまいか。1983年においても「時代遅れ」だったのかは分からんが

*5:西田の純粋経験は究極的な実在でもあったのだから、その経験の部分だけ抽出するという読みは西田の真意からは逸れている。また、西田の純粋経験ユングの自己概念に結びつけているが、両者には相違があるはずである。その相違を検討せずして両者を結びつけるのは性急に過ぎる。さらに言えば、中村は河合隼雄の日本人論に依拠してユングの自己概念を論じているわけだが、ユング本人の著作に目を通したのだろうか。