読書メモ:柳田謙十郎『実践哲学としての西田哲学』(1939年)序+緒言

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 西田哲学研究の歴史を振り返る上で、柳田謙十郎ほど扱いに困る人物はいないと思われる。戦時中、自らも戦争を称揚したにも拘らず、戦後しばらくして突然「西田哲学の超克」を宣言し、京都学派の戦争責任を糾弾する側に回った。呆れた所行としかいいようがない。私としても柳田に言及することに抵抗感があるのだが、柳田の研究の優れたところは参照していかなければならない。Twitterで好まれる表現を使うなら「人格に対する評価と研究に対する評価は分けよ」であろう。実際、柳田の転向前の著作を読んでみるに、その出来は木村素衛高山岩男のものと遜色ないものと思われた。こうしてメモを取りながら読んでみようと思ったのは以上のような理由からである。

 

西田幾多郎による「序」

柳田謙十郎は西田に直接師事していないが、その論文を通して西田哲学に触れた。
「人の思想と思想とが触れ合うのは、恰も何処か無限の果てに中心を有つ曲線と曲線とが接触する如きものであろう。或一点に於て接触するものもあろう、曲線的に触れ合うものもあろう、何処までも平行するものもあろう。兎に角虚心坦懐に真実を考えるものは何処かで相逢うのである」

緒言(3-

善の研究』以来数十年にも及ぶ西田哲学の展開の根底には、実践的精神が横たわっているように思える*1
「絶対意志を以て実在の最深の根底と見る主意主義の哲学から出発して、その底から底へと限りなく深く思惟の坑道を掘り下げて行った此の自覚の哲学の深部には、そのあらゆる転回と深化の道程を一貫して沸々とみなぎる高き実践的生命の躍動がある」(4)
この実践的生命に触れない限り、真に西田哲学を理解したとは言えない
西田哲学の最大の特色は「歴史の現実に処して人生の不安におののき運命の悲哀に慟哭する行為的人間の避けんとして避くべからざる苦悩の底から生れた深き精神の哲学であり、生命の哲学である所に存する」*2
西田哲学は一切の実在を体系の中で位置づけている。
西田哲学を神秘主義とか芸術的観想の哲学と解するのは誤解である。
西田哲学においては、「科学も芸術も道徳もそのすべてが我々の実践的創造的なる歴史的生命の形成作用的現実につながり、かかる実在の深きノエシス的統一の底から捉えられている」(5)

西田哲学を実践哲学として読むというのは、西田哲学の実践哲学的側面に焦点を当てて読むということではなく、西田哲学全体を実践哲学と見なし、その展開を辿っていくということである。
「数十年唯兀々として一つの坑道を掘下げて行くより外に他に道あるを知らなかったとすら考えられる此の強靱な思惟の坑夫の鑿の跡の底には、いかなる概念的表現を以てしても遂に届くことの出来ない深い直証的体験の世界が横わっている」(6)

「嘗てカントに苦しみフィヒテに悩み、さては現象学倫理学がもつ所の限界に行きづまって絶対のアポリアに直面せざるを得なかった著者は、其の思惟の迷路に対する最後のよびかけをば西田哲学から聴くことによって、ここに始めて新たなる生命の世界への緒を見出し、そこから限りなく開かれゆく展望のゆたけさに、自分がこの時この国に生れて自国語を以て此の人の言葉をきき得ることの有りがたさを今更ながら感ぜざるを得なかった」(7)
柳田は友人から「あまりに西田哲学的」と窘められたこともあったが、他に進むべき道はないと判断した。
西田哲学の理解が西田哲学の超越にまで至ったという自信はない*3

本書では、西田哲学を「天才的個性の生命の発展に即した行為的直観の時間的発展体系として、形あるものをば形なきものの影として見、そのあらゆる変化を通じて変化せざるものを」把握していく。
哲学体系を既にできあがったものとして理解するのではなく、絶えず変化していくものとして理解する。
「西田哲学には繰り返しが多いとは人のよく云う処であるが、これも同一の坑道を限りなく深く掘り下げて行かんとするものにとっては避けんとして避けることの出来ない必然の道なのである。我々は素材の同一面に幾度も同一の鑿を打ち込んでゆくことによってのみ限りなく新たな象面を切り開いてゆく彫刻家の努力をそこに思い浮べて見ることができる」(9)

以上の観点から柳田は西田哲学を考察していくが、その際、西田哲学の発展を三期にわけている。最初は論文「場所」以前/以後で分けようとしたそうだが、西田本人のアドバイスもあり、以下の三期に分けることにしたのだという。
自覚的意志の倫理:『善の研究』から『芸術と道徳』まで
無の自覚の倫理:『働くものから見るものへ』から論文「自由意志」まで
歴史的創造の倫理:「私と汝」から『哲学論文集第三』まで

*1:善の研究』以来の思索の歩みを西田自身は根本実在を問うた過程と表現していたはずだが、根本実在を問うことは実践的精神と関係するのか。もし関係するのだとしたら、どのように関係するのだろうか。

*2:西田哲学は「悲哀」を根本動機としているわけだが、その悲哀は柳田が言うような「人生の不安におののき運命の悲哀に慟哭する」ほど激しいものなのか。

*3:戦後、柳田は唐突に「西田哲学の超克」を宣言して唯物論へと転向するわけだが、西田哲学を超えるという目標自体はこの時点でも存在していたようである。