読書メモ:中村雄二郎「ナカエニスムと西田幾多郎」(1983年)

 中村雄二郎『西田幾多郎』(1983年)の第1章中江兆民の「我日本古より今に至る迄哲学無し」という言葉を持ち出した。明治以前に日本哲学があったのかという問い自体はありふれているため、中村がその文脈で中江に言及したことには特に違和感を覚えない。しかし、中村が中江の唯物論と若き西田の唯物論的発想を重ねたのには奇異の感を覚えずにはおれない。この発想はどこから、そして何故出てきたのだろうか。中村自身も説明不足だと感じたのか、何故自分がそのような論を展開したのかを説明する文章を後に著した。それがこの記事で取り上げる「ナカエニスムと西田幾多郎」である。同論文は『中江兆民全集』第10巻の月報に掲載され、後に『中村雄二郎著作集』第7巻に『西田幾多郎』の「補章」として収録された。この記事では後者のバージョンを参照する。

ナカエニスムと西田幾多郎(187-

中村は『西田幾多郎』の執筆に際し中江の『一年有半』と『続一年有半』を読み直したが、中江の哲学には深入りできなかった。
中村が西田を論じるに当たって中江を取り上げた理由
・<日本の哲学>を考える場合、中江の「我日本古より今に至る迄哲学無し」という言葉を避けて通れないと考えたから
<日本の哲学>としての<ナカエニスム>の企てを、初期西田の思索と関係づけることで、近代日本の哲学の出発点の最も重要な流れを把握できると考えたから
この発想自体は上山春平(「土着の自由主義中江兆民西田幾多郎」,1971年)由来のものだが、上山の解釈の重点と中村のそれは異なる*1

ナカエニスムは唯物論に見えるが、事はそう単純ではない。ナカエニスムには、現代身体論の基本的な考え方、つまり、<精神>を活動する<身体>と捉えるという発想の萌芽が見られるからである。cf.市川浩の身体論
また、中江自身が自らの思想を荘子に通じるものと理解しており、その意味でも、ナカエニスムは西洋哲学の唯物論と単純に同一視することはできない。

ルソーと中江は意識(良心)を賛美している。キリスト教的有神論に立つ前者が意識を賛美するのは当然としても、と有神論を否定する立場(無神、無霊魂)に立つ後者が何故良心(自省の能)という発想を保持しているのか。
その答えを推測するに、無神・無霊魂は神や霊魂の否定だが、無仏は必ずしも仏の否定とは言えないからではないか。
仏教思想をはじめとする東洋思想において、無には積極的な意味が存する。実体的存在を否定されることで、却ってその本来の姿・働きが顕現するという発想がある。
中江が言う<無始無終無辺無限>の無はそういう積極的な意味を持つ。

西洋哲学の常識では、唯物論無神論)・自己意識・無の思想は結びつき得ないが、ナカエニスムではその3者が結びついている。何故か。その謎を解明する手がかりは西田幾多郎にある。
高校生の頃、西田は中江由来と思われる唯物論的発想を披露していたが、後に西田は純粋経験・自覚の立場にたどり着けた。
中村は『西田幾多郎』でこの移行を「唯物論から反対の唯心論への移行」と説明したが、「諸要素の組み合わせ、活動や働きを本位として考える立場に立つならば」、若き西田の唯物論は単なる唯物論ではなくなり、「唯物論から反対の唯心論への移行」と説明できなくなる*2

ナカエニスムには西田が言う主客未分や絶対無に通じるものがある。この意味で、西田はナカエニスムの継承者であると言える。
中江と西田の間に<日本の哲学>の最も根本的な問題が潜んでいる*3

*1:どう異なるのか中村自身は明らかにしていない

*2:では何なのかが分からない。若き西田の宗教否定論と『善の研究』の議論の間には相当な隔たりがあるように思える。これが移行でなければ何だというのか

*3:ここまで主張したいなら、唯物論・自己意識・無の思想という3者の結びつきが中江と西田以外の明治期の思想家たちにも共通してみられる傾向であることを証明すべきではないか。