読書メモ:中村雄二郎『現代情念論』(1962年)第2編第10章

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中村雄二郎の『悪の哲学ノート』(1993年)はその後半部をドストエフスキー論に割いているが、『現代情念論』にもドストエフスキーを扱った章がある。それこそが今回取り上げる第2編第10章「ロシア革命の反世界―ドストエフスキー」である。両者の議論を比較することで、30年の間に生じた思索の変化を浮き彫りにできるのではないかという予想を立てているが、何か有意義なものが見いだせるという確信はまだない。
今回も、1994年に出た講談社学術文庫版を参照している。

第2編第10章:ロシア革命の反世界―ドストエフスキー

第1節(202-206頁)

19世紀のロシアには体系化された文明がなく、勢力を急速に拡大してきた西欧文明という異物を固形のまま飲み込むほかなかった。しかも、その異物は既に毒気を放っていた。
異物を飲み込んだ苦悶と興奮はドストエフスキーによって最も強烈に表現されている。
モンゴル人による支配を受けたために「中世の自律的発展が許されなかったロシアでは、西欧流のルネサンス宗教改革こそなかったが、ある意味ではかえって、西欧流のルネサンス宗教改革がみえなかった点も見えたし、また問題にせざるをえなかった。」(203)

政治は文学の反抗によって鍛えられるべきものである。文学は時の政治にとって直接的には有害かもしれないが、それ故に政治に対して益をもたらす。ドストエフスキーロシア革命の間の関係にもそうした逆説がある。

第2節(206-212頁)

19世紀のロシア思想において、ロシアは西欧と同じ道を歩むべきか、それとも独自の道を歩むべきかという問題は重要なものであった。

第3節(212-218頁)

「死刑寸前の減刑にしろ、このシベリア流刑にしろ、あとから考えればまことにドストエフスキイ的な事件が、そして作家ドストエフスキーの成長の上にきわめて重大な事件が、自己の信念の必然的結果であるというよりは、ほとんど偶然的な事情から強制されたことに、われわれは歴史と個性との間に相互に働く一種の牽引力を思わずにはいられない」(212)
「歴史は強烈な個性のためにその十全な開花うってつけな場所をしつらえる」(213)
『地下生活者の手記』において、ドストエフスキーは「世界の外的救済、そしてヒューマニスティックな救済にさえもはっきり背を向けて、あくまで「反世界」たる「地下室」に閉じこもり、人間性そのものをはるかい深層な基盤から掘りおこすという不逞な革命への道を歩み出した」(218)

第4節(218-225頁)

ドストエフスキーロシア革命との関係は直接的なものではなく、「地下」の世界の革命と地上の世界の革命とも言うべき関係にある。
ドストエフスキーにとって、無神論社会主義と対立するものはプロテスタンティズムやカトリシズム、資本主義ではなく、キリストだけであった。
※『悪霊』の一部を切り抜いてドストエフスキーを革命の預言者とみなすのは表層的な理解でしかない。
『悪霊』のスタヴローギンにおいて、無神論個人主義思想の究極形たる人神思想とロシア的メシアニズムが共存しているが、これこそ思想的に分裂したロシアを体現したものである。
キリーロフはスタヴローギンの人神思想の徹底的な遂行者である。