映画感想:『ビバリーヒルズ・コップ』(1984年)

急に映画を見たい気分になったので、Amazonプライム・ビデオで目についた『ビバリーヒルズ・コップ』(1984年)を鑑賞することにした。しかも、その感想を文章に書き留めたいという意欲まで湧いてきた。こんな感覚は久しぶりである。

ストーリーの概略

アクセル・フォーリーはデトロイト市警の刑事で、その腕は確かなものだったが、型破りに過ぎるところがあった。そんなある日、かつての悪友、マイキーがフォーリーを訪ねて遠路はるばるビバリーヒルズからやってくる。マイキーは同地で警備員として働いていたのだという。旧交を温めた2人だが、その帰り道、マイキーが何者かに射殺されてしまう。フォーリーは親友の仇を討つべくビバリーヒルズへと乗り込む。

ビバリーヒルズ到着後、フォーリーは犯人の手がかりを得るべく、マイキーが働いていた画廊を訪れた。その画廊の責任者はフォーリーの幼馴染、ジェニーであった。彼女から画廊の経営者、メイトランドの存在を聞き知ったフォーリーは彼との直談判に臨んだが、無理やり事務所から追い出されてしまった。しかも、騒ぎを起こしたかどで地元警察に逮捕されてしまう。不起訴となったフォーリーだったが、地元警察の警部補、ボゴミルは部下2人(ビリーとタガート)にフォーリーの見張りを命じる。

フォーリーは尾行をうまくかわしながら独自に捜査を進め、いつの間にかビリーやタガートとも親しくなっていった。ところが、あと少しでメイトランドの悪事を暴く決定的な証拠を掴めるという段になり、フォーリーは市警察にビバリーヒルズから退去するよう命じられた。ビリーはそんなフォーリーを市外まで送り届けることになったが、内心では命令に納得しておらず、フォーリーと最後の賭けに打って出る道を選ぶ。それを知ったタガートは2人を止めに入るが、結局は彼も仲間になった。

銃撃戦の末、フォーリーはメイトランド一味を成敗することに成功した。騒ぎを聞きつけたビバリーヒルズ警察の署長がフォーリーを処分しようとしたが、ボゴミルの機転で無罪放免となる。親友の仇を取ったフォーリーは晴れやかな表情で帰路につくのだった

感想

 言わずと知れたエディ・マーフィ出世作である。シリアスさを見え隠れさせつつも、全体としては大いに笑える内容となっている。

 エディ・マーフィがシリアスな場面でも輝けるというのは『ドリームガールズ』(2006年)や『ルディ・レイ・ムーア』(2019年)で周知のところだが、すでにそれは本作でも垣間見えることに今回気がついた。物語中盤、ストリップを鑑賞していた主人公が挙動不審な2人組(強盗だと判明する)を発見するシーンがあるわけだが、その時の表情の変化は実に見事なものである。チャラ男の顔から一瞬で刑事の顔になっていた。そこには、二枚目俳優とかイケメン俳優とはまた違った格好の良さがあった*1

 勿論、輝いているのは主人公を演じたエディ・マーフィだけではない。脇役も見事な演技を披露している。特に、悪役のメイトランドを演じたスティーヴン・バーコフの演技は秀逸であった。劇中一貫して目が座っており、フォーリーが自分を追い詰めていくことにどこか快感を覚えているような姿ははっきり言って怖い。しかも、バーコフの灰色の瞳によって、その冷酷さは一層引き立てられている。一人だけ『ゴッドファーザー』のような本格的なマフィア映画に出演しているかのようだが、不思議なことに、全体のコメディ感は一切崩れていない。監督のマーティン・ブレストの演出がなせる業なのだろうか*2

 物語終盤、主人公が白い粉をなめてコカインであることを判別するシーンがあるわけだが、このシーンだけは何度見ても面白いものである。「刑事である主人公が何故コカインの味を知っているのか」、「このシーンは脚本家が敢えて笑いを取れると思って入れたのか、それとも何もおかしいと感じないまま真面目に描いたのか」などの疑問は尽きない。

 笑えるネタにはどうしても歴史性がつきまとうもので、エディ・マーフィお得意のマシンガントークを以てしても、倉庫の労働者に「俺は査察官だ。協力しないというなら、お前らの仕事を奪うことも出来るんだぞ」的なハッタリをかますシーンや会員制クラブに入るためにおネエのふりをするシーンは最早純粋に笑うことはできない。これが本作の唯一の欠点かもしれない。
 とはいえ、エディ・マーフィの最初の黄金期を代表する1本であることは間違いないので、映画ファンであれば1度は鑑賞すべき傑作だと思う。

 

 

 

 

 

 

*1:この手の格好の良さはジム・キャリーアダム・サンドラーも発揮することがある

*2:マーティン・ブレストは『ジーリ』(2003年)で大コケして以降、一切新作を発表していない。発表させてもらえない状況なのかもしれないが、こんな才能が眠り続けていることは何とも勿体ないことである