映画感想:『ゴーストバスターズ/アフターライフ』(2021年)※ネタバレあり

 映画『ゴーストバスターズ』(1984年)及び『ゴーストバスターズ2』(1989年)の正統な続編、『ゴーストバスターズ/アフターライフ』を見てきたので、その感想をいつものようにまとめてみたいと思う。以下の内容を一文でまとめると「前半は不格好な作品だが、後半はシリーズのファンなら感動間違いなしの出来栄えに仕上がっている」とでもなるだろうか。

なお、以下の感想ではネタバレがあるので注意して欲しい。

あらすじ

 科学オタクの少女、フィービーはなよなよした感じのある兄(トレヴァー)と母親(キャリー)と一緒に暮らしていたが、キャリーは娘が科学に没頭するのを快く思っておらず、親子関係には溝が生じていた。そんなある日、一家は家賃を滞納したばかりにアパートを追い出されることになった。他に行く当てもないため、キャリーは父親(イゴン・スペングラー博士)が暮らしていた田舎町、サマーヴィルのボロ小屋にやむなく引っ越すことにした。キャリーは家族を顧みずに何かに没頭する父親に愛想をつかしており、1週間ほど前にイゴンが亡くなるまでその関係は疎遠のままだった。

 フィービーは嫌々ながらも地元の学校に通うことになるが、そこで超常現象オタクのポッドキャストと意気投合する。また、トレヴァーの方はダイナーのウェイトレス(ラッキー)に一目ぼれし、そのダイナーでアルバイトとして働くことになった。

ほどなくして、科学の授業を受けていたフィービーは地震に遭遇した。担当教員のグルーバーソンによると、サマーヴィルでは原因不明の地震が定期的に起きているのだという。帰宅後、フィービーはボロ小屋に幽霊が存在していることに気がついた、その幽霊の痕跡を追っているうちに、フィービーはイゴンの秘密の地下室に辿り着いた。イゴンはそこで幽霊の研究に励んでいたようで、ゴーストバスターズ時代の装備もそこに保管されていた。その頃、トレヴァーもゴーストバスターズが使用していたキャデラックを発見し、それを何とか修理することに成功していた。

フィービーは見慣れぬ精密機械に興奮し、ポッドキャストと共に幽霊を調査することにしたが、その過程でサマーヴィルに隠された恐ろしい秘密を知ってしまう。サマーヴィルの廃鉱山には異界へと繋がるゲートがあり、そこから邪神ゴーザが今まさに復活しようとしていたのである。ゴーザは1984年にニューヨークを混乱に陥れるも、ゴーストバスターズによって何とか撃退された怪物であった。イゴンは家族やかつての仲間たちとの絆を犠牲にしてでも、ゴーザの復活を阻止すべく一人奮闘していたのであった。

フィービーとポッドキャストトレヴァーとラッキーの4人はゴーザを封じ込めるべく、イゴン譲りの装備・制服を携えてキャデラックへと乗り込んだ。イゴンはゴーザ復活の日に備えて牧場に巨大な幽霊捕獲装置を仕掛けており、4人はゴーザをそこに誘い出すことにした。作戦は見事成功したかに見えたが、ゴーザを行動不能に追い込むための機械が思うように動かないというハプニングが発生した。

万事休すと思われたそのとき、かつてのゴーストバースターズ(ピーター、レイモンド、ウィンストン)が助けに入ってくれた。それでもフィービーはゴーザに押し負けそうになったが、イゴンの霊魂がそんな彼女を支えてくれた。旧世代と新世代が一丸となって戦った結果、ついにゴーザの捕獲に成功した。孫たちの健闘を称え、キャリーと抱擁を交わした後、全てを見届けたイゴンは点に召されるのだった。

感想

 『ゴーストバスターズ/アフターライフ』はゴーストバスターズが幽霊相手にドタバタ劇を繰り広げる作品というより、ゴーストバスターズの精神が次世代において復活するまでの軌跡を描いた作品になっている*1。それ故、第1作と第2作のようなコメディを求めていた人にとっては期待外れの作品と映るかもしれない。

前半の問題点

 前半部分の問題点を2つ指摘しておきたい。

  1つ目。冒頭のイゴンが幽霊との戦闘の末に力尽きるシーンはやたら長く感じられ、作品全体のテンポを悪くしている。はっきり言って不要である。しかも、画面がやたら暗いせいで(別人がイゴンを演じているのを隠すためだろう)、下手をすると何が起きたのか中盤まで分からなかった人もいるのではないか。

 2つ目。トレヴァーとラッキーの関係の描写が浅く、何故ラッキーが命がけのミッションに協力してくれたのか分からない。トレヴァーにはなよなよした雰囲気であり、地元の若者たちとは相性が悪そうに見える。イゴンが地元で変人扱いを受けていたことを思えば、トレヴァーがその孫として同様に変人扱いされても不思議はない。ところが、トレヴァーは特に苦労することなく地元の若者たちの中に溶け込んでおり、どういうわけかラッキーとも関係を深めている。不自然なことこの上ない。
その一方、フィービーとポッドキャストのケミストリーは実に見事であり、2人が友情を深めていくのはごく自然である。それを思えば、トレヴァーとラッキーの関係を描いたシーンはストーリーのスムーズな流れを阻害しているとしか思えない。はっきり言って、「オリジナル同様、ゴーストバスターズは4人で構成したいから取り敢えずラッキーというキャラを拵え、彼女を自然な流れで加入させようとして、トレヴァーとくっつくシーンを入れたのではないか」と勘繰ってしまうほどのお粗末さである。

後半部について

 しかし、ストーリーの中盤、ゴーストバスターズの装備とキャデラックが復活してから、本作は徐々に往時の輝きを取り戻していく*2。そこまで耐えれば、シリーズのファンであれば満足すること受けあいのシーンの連続となる。

 ゴーザとの決戦シーンの舞台はニューヨークの摩天楼ではなく、田舎の牧場であるため、確かにスケールダウンした感は拭えない。しかし、オリジナルキャストが主人公たちのピンチに駆けつけるシーンはそんな欠点を相殺して余りあるものである。30年以上が経過した今も、かつての軽妙なトークは健在であった。
 また、CGとはいえ、ハロルド・ライミス演じるイゴン・スペングラー博士の再登場には感動を禁じ得なかった。本来は2016年のリブート版でこうすべきだったのだろうが、多少遅かったとしても、シリーズの功労者を讃えるシーンがあったのは喜ばしいことである。CGのライミスは劇中一言も発しないが、その沈黙が却って「For Harold」(ハロルドに捧ぐ)という言葉に重みと深みをもたらしている。もしも何か言葉を発していたら、孫2人の髪を撫で、長らく疎遠だった娘を抱きしめるシーンであれほど感動することはなかったはずである*3。これはジェイソン・ライトマン監督の英断であろう。

 ミッドクレジットシーン(あのシガニー・ウィーヴァ―が再登場する)とポストクレジットシーンからして、製作陣にはオリジナルキャスト主体の続編を作る意欲があるのかもしれないが、それが実現することを祈るばかりである*4

まとめ

前半部に不満はあるものの、後半部は正統の続編の名に恥じない見事な出来栄えである。シリーズのファンであれば必見の作品であり、心の底から見て良かったと思える作品であろう。おそらく、シリーズの存在を今まで知らなかった人も楽しめるだろうが、感動するまでには至らないと思われる。

 

 

 

*1:オリジナルキャストの年齢を考えれば、彼らにドタバタ劇をやらせるわけにもいかなかったのかもしれないが、軽妙な語り口はいまだ健在である。心身の衰えに毒づきながらも、幽霊とコミカルに戦う3人を見たかった

*2:幽霊が消火栓を破壊し、キャデラックに水がかかるシーンがあるわけだが、その水によって砂ぼこりをかぶっていたゴーストバスターズのマークがきれいになる。これはゴーストバスターズの精神がこの世界に蘇ったことを象徴するシーンだと思われるが、ここを境に出来栄えがグンとよくなる。その意味でも印象に残ったシーンの1つである

*3:「お涙頂戴」と揶揄する人もいるだろうが、製作陣の狙い通り感動したらそれは「負け」なのである

*4:ダン・エイクロイドが第6作まで作る意欲を示しているようだが、続編の製作はまだ正式決定していない