感想:『スタートレック:ピカード』シーズン2第1話「スターゲイザー」(ネタバレあり)

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 待ちに待った『スタートレック: ピカード』の最新シーズンが配信されたので、第1話「スターゲイザー」の感想を書き綴ってみたいと思う。

ストーリーの概略

 シーズン1最終話から1年ほどが経過した世界。人工生命体となったジャン=リュック・ピカードは地球に帰還してワイナリーの経営を再開し、長らく側で支えてくれたロミュラン人女性、ラリスとの間に淡い恋愛感情が芽生えていた。ラフィーは宇宙艦隊に士官として復職しており、エルノアは宇宙艦隊初のロミュラン人士官候補生になっていた。リオスもまた宇宙艦隊に復職し、USSスターゲイザー*1の艦長に抜擢され、ジュラティ博士―シーズン1で犯した罪は不問にされたようだ―の恋愛関係も続いていた。元ボーグのセブン・オブ・ナインがレンジャーとしてならず者たちと対峙する日々を送る一方、ソージは外交官デビューを果たしていた。
 エルノアを見送ってからほどなくして、ピカードはラリスに何も言わぬままUSSスターゲイザーに乗り込むことになった。同艦が時空間の裂け目に遭遇し、そこから「助けてピカード」という音声と惑星連邦加入を求めるメッセージが発信されていたためである。未知の存在との交渉に臨んだピカードだったが、裂け目から出現したのはボーグの戦艦であった。

2つの主題:「最後のフロンティア」への疑義と老い

 「宇宙、それは人類に残された最後のフロンティア」。これは『宇宙大作戦』(1966年-1969年)のOPで読み上げられる有名なセリフであり、『スタートレック』シリーズの熱心なファンではなくとも、一度は耳にしたことのあるフレーズだと思われる。同シリーズは『宇宙大作戦』以降様々な変遷を遂げた。もう少し具体的に言うと、人類の宿敵だったはずのクリンゴン人がクルーに入ったり(『新スタートレック』)、やや辺境の宇宙ステーションを舞台とし、後半部には1話完結の原則を破ったりする作品(『ディープ・スペース・ナイン』)が作られるなどした。しかし、その中でもなお、宇宙が未知ゆえのロマンや危険に満ちた「最後のフロンティア」であるという見方が変化することはなかったように思う。
 ところが、ここにきてシリーズの根幹をなす価値観に疑義が呈される。第1話の冒頭、年老いたピカードは「我々はしばしば宇宙のことを最後のフロンティアと呼ぶ。しかし、年をとればとるほど、最後のフロンティアとは時間のことではないかと信じるようになった」と後進に語り掛ける。後述のガイナンによる「貴方が求めているものは宇宙にはない」という発言と重ね合わせると、「最後のフロンティアとは本当に宇宙なのか。もし宇宙ではないとすれば、それは何なのか」という問題がシーズン2を貫く主題の1つだと思われる。このシーズンだけで決着がつくのかは不明だが、ピカードはこの問いにどのような解答を見出すのかしっかりと見届けたいと思う。

 もう一つ重要な問いは老いの問題であるように思われる。老年期はその時期特有の問題に加え、人生の各時期に直面した課題が形を変えて現れる時期である。もしその課題が未解決のままであれば、解決を迫られることになる。人工生命体になったとはいえ、90歳を超えたピカードもその例外ではなかった。ピカードが向き合うことになったのは以下のような問題である*2

・子供時代に目撃した両親の不和をどう理解すべきか。そして、その中で母から発せられた「星を見上げなさい」という言葉の意味は何か(児童期)
・人生の全てを宇宙艦隊での職務に捧げ、チャンスがあったにも拘らず家庭を形成しなかったこと。そして、そのためにピカード家が自分の代で絶えることになったという現実をどう解釈すべきか(成人期)。
・かつてのように活動できなくなった今、自分は何をなすべきなのか。近くにいる想い人と結ばれるべきなのか(老年期)。

 これらの問題は根っこの部分で結びついており、別個に解決できる問題ではない。例えば、児童期由来の問題を解決しない限り、ピカードはラリスとの恋を1歩進めることができないであろう。また、ラリスと結ばれるか否かは、成人期に家庭を形成しなかったことの意味付けに大きな影響を与えるはずである。 
 ピカードは一連の問題に向き合う中で、人生の重要事に何度も立ち戻ることになるはずだが、本エピソードにはそれを象徴するシーンがある。そのシーンとはピカードが有SSスターゲイザーに乗り込むシーンである。スターゲイザーピカードが艦長として初めて指揮を執った戦艦の名前と同じであり、彼がキャリアの出発点に立ち帰っていくことを連想させる。また、スターゲイザー(Star Gazer)は「星を見る者」という意味で、上述したピカードの子供時代のエピソードと結びつく。この2つにボーグやQの再登場を加えるなら*3ピカードスターゲイザー搭乗は今後の彼の行く末を示唆する重要なシーンであったと言えるだろう。

懐かしのキャラとの再会

 予告編が公開された時点で明らかになっていたことではあるが、ウーピー・ゴールドバーグ演じるガイナンとジョン・デ・ランシー演じるQの再登場はとても嬉しかった。かつてのキャスト陣が加齢によって却って魅力を増しているのは何と幸運なことだろうと思う*4
 再登場したQは『新スタートレック』や『ヴォイジャー』の頃に漂わせていた良い意味での軽みが消えていたが、その代わりに迫力が増した。「銀髪の悪魔」と形容しても全く違和感がないレベルに達している(今後の展開の如何によっては、かつての軽みを取り戻すかもしれないが)。ジェインウェイ艦長との交流によって多少は良心や常識の類を身に着けたQだが、本作ではどのような振る舞いを見せるのかに期待したい。
 ガイナンの温かみのある笑顔―どこか叡智すら感じさせる―は健在で*5、両者の立場は変われども、かつてのような「孤独なピカードの良き相談相手」としての姿がなおもあった。

問題点

 第1話には大いに満足させられたのだが、脚本の強引さが少しばかり目に付く。例えば、ピカードとラリスの関係である。2人がお互いに惹かれ合っていることを示唆する描写はシーズン1にはなかったと記憶している。また、シーズン1の時点で、ラリスには夫(ジャバン)がいたはずだが、シーズン2開始までのどこかで既にこの世を去っているという設定になっていた。ピカードのロマンスを描きたいがためにこのような強引かつ不自然な展開になったのではないかという疑念が拭えない。
 また、シリーズをずっと追いかけているファンであれば、ピカードビバリー・クラッシャーの関係はどうなったのかと思うはずである。これについては後のエピソードで説明されるのだろうか。それとも、過去にはそういうこともあった的な軽い扱いを受けて終わってしまうのだろうか。
 さらに言えば、ジュラティ博士がマドックス博士を殺したことが不問に付されていることにも違和感を覚える。博士の犯行はジャット・バッシュに唆されており、その後ピカードに協力したとはいえ、殺人は殺人であろう。ストーリーの都合上、科学士官の役割だけではなく、ボケキャラも演じられる彼女を最初から登場させる必要があったのだろうが*6、惑星連邦らしからぬことに思えてならない。

まとめ

 完璧な作品に仕上がっているわけではないが、シリーズのファンであれば感涙もののエピソードであることは間違いない。宇宙を舞台にした一大アドベンチャーを期待すると肩透かしを食らうかもしれないが、宇宙を舞台にした人間ドラマとしては上々の出来だと思う。

*1:ピカードが艦長として初めて指揮を執った宇宙戦艦と同じ名前。ワープナセルが4つあり、艦隊がボーグの技術を研究して得られた成果がフル活用されているそうだ

*2:ピカードは青年期にヤンチャをしたことを後悔していたようだが、Qのシミュレーションを通して、そのヤンチャも自分を形成するかけがえのない要素であることを受け容れるに至ったことがある。『新スタートレック』シーズン6の「運命の分かれ道」を参照のこと

*3:ピカードとボーグの因縁については映画『ファースト・コンタクト』や『新スタートレック』の「浮遊機械都市ボーグ」を参照のこと。また、両者を接触させたのはQであり、『新スタートレック』第1話以降、Qはピカードの人生にしばしば深く関わっていく。

*4:『ネメシス』(2002年)のライカー副長を見て「ジョナサン・フレイクスは何故体重を落とさずに出演したのか」と憤った記憶がある。『スタートレック: ピカード』のシーズン1に出てきたライカーは体型こそ変わらなかったが、不思議と貫禄が備わっていた。痩せた状態ではあの貫禄と風格は得られなかったと思う。

*5:アフリカ系の女優で温かみのある笑顔といえば、オクタヴィア・スペンサーも素晴らしいのだが、ゴールドバーグのそれとははっきり違う。前者は輪郭がはっきりとしているが、後者はどこかぼやけている。

*6:シーズン1ではエルノアもおとぼけキャラになっていたが、士官候補生になった彼にボケキャラを任せるわけにもいかなかったのだろう