感想:『スタートレック:ピカード』シーズン2第4話「ウォッチャー」(ネタバレあり)

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ストーリーの概略

 ジュラティ博士がボーグクイーンから盗み取った情報を手掛かりに、ピカードは3日後に時間の改変が起こると確信し、それを止めるべく自らも2024年の地球へ降り立つことにした。クイーンが隠そうとしていた座標にはテン・フォワードがあり、そこには若き日のガイナンがいた。ピカードは自らの素性を伏せてガイナンの協力を得ようとしたが、彼女は愚行を止められぬ地球人に愛想をつかしており、今まさに地球から旅立とうとしているところだった。ピカードはそんなガイナンを諭したが、まだ若い彼女の心を動かすことはできなかった。
 そこで、ピカードは最後の手段に打って出ることにした。自らが来訪した真の目的をガイナンに明かしたのである。それを聞いたガイナンには何か思うところがあったようで、ピカードをウォッチャーの下へ案内すると申し出てくれた。ガイナンこそがウォッチャーだと確信していたピカードは驚いたが、ウォッチャーの顔を見るや、さらなる衝撃を受ける。
 その頃、リオスは収容施設に連行されることが決まり、ラフィーとセブンはそんな彼を救出すべくカーチェイスを繰り広げていた。そして、Qにもある変化が訪れていた。 

老賢者ピカードと耄碌(?)し行くQ

 背筋がピンとしており、足取りもしっかりしているピカードだが、シーズン2の時点で90を超えた高齢者であることに変わりはない。かつてのように、戦闘を伴う上陸任務の先頭に立つことは最早できないのである。この意味で、『スタートレック:ピカード』は冒険ドラマでありながら、自分で冒険することもままならない老人を主人公に据えた異色の作品であると言える。
 本作におけるピカードは英雄その人というより、「老賢者」の役割を果たしているように思える。例えば、前回、ジュラティ博士がボーグクイーンの意識内に潜入したとき、ピカードは博士が元の世界に戻ってこれるよう外から声掛けをしていた。また、今回も、ガイナンに向かって「変化はゆっくり訪れるものなのだ。地球人を見捨てるのはまだ早い」と諭すシーンがあった。1つ1つの言葉を取り出せば、誰でも思い付けるような言葉ばかりである。しかし、それに重みや説得力を持たせることができたのは、ピカードのそれまでの生き方が大きいように思う。

 ピカード若い人たちのメンター的存在になる一方、同じく年を取ったように見えるQは自分の興味が赴くままに行動している。大勢の命を危険に晒しておきながら、それを「ゲーム」と称する傲慢さは相変わらずだが、今作のQには何らかの変化が起きているようである。本エピソードのラスト、Qは指を鳴らして何かを変えようとして失敗した。全知全能の存在に起きるはずのない事態である。Qはその様子に驚き「何と不吉な」と漏らしていたが、第2話でピカードを殴りつけたことからして、単なる不運ではないことは自覚していると思われる(その原因まで突き止めているのかは現時点で不明)。
 かつて、Q連続体は全知全能故に危機に陥ったが、QはそれをレディQと子供を作ることで克服した(『ヴォイジャー』におけるQ関連のエピソード群を参照のこと)。Qが子供を作ったことで連続体に変化がもたらされたわけだが、今作におけるQの変質もその変化が原因なのだろうか。つまり、連続体の変化に伴い、不老不死というQの属性までもが変化してしまったのではないか。
 TNGやVOYにおいて、Qが仕掛けてくるゲームはQが全知全能であることを前提に展開されていた。ところが、今作のQは全能性に陰りが見え始めており、自分の意志でゲームを制御できない状態に陥っている(衰えの程度にもよるが)。こんなことはシリーズ初のことであり、どう転がっていくのか見当もつかない。

孤独なジュラティ博士とボーグクイーン

 シーズン2に入ってからというもの、ジュラティ博士が疎外感を抱えていることが繰り返し示唆されている。これが大枠のストーリーにどんな影響を及ぼすのかは分からないが、繰り返されるということは何か重要な意味があると考えるべきなのだろう。しかも、博士の孤独や疎外感をネチネチつつくのは、あのボーグクイーンなのだから。
 本作のボーグクイーンはセブンやピカードへの執着があまり感じられない一方、どういうわけかジュラティ博士にただならぬ関心を示している。博士の力になれそうだと確信したときの満面の笑みや、博士が約束を反故にしたことに本気で怒ったのもその表れの1つであろう。VOYのクイーンでは考えられないことである。
 そうなった理由の1つには、博士が自分から一本取ったことに感心したことがあると思われるが、どうもそれだけではないような気がする。2人のやり取りからするに、クイーンもまた疎外感を覚えていることがその理由なのではないか。共同体から切り離されたボーグが不安定になるのはVOYで描かれており、クイーンもボーグである以上どこか落ち着かないのかもしれない(それをはっきり表に出したシーンはないが)*1
 相手の弱みに付け込もうとする姿勢は『ファースト・コンタクト』のボーグクイーンにもみられたわけだが、あのときのクイーンはデータに何ら共感していなかったように見える。しかし、今回のクイーンにはターゲット(ジュラティ博士)と交流したいという意欲が見られるように思う。

若きガイナンとウォッチャー 

 今回、若きガイナンが出てきたわけだが、想像以上の武闘派でかなり驚かされた。演じたイト・アゲイレの風貌はガイナンというよりも、『天使にラブ・ソングを…』のデロリスを思わせるものだったが、ガイナンの若い姿としてすんなり受け入れることができた。傾聴を得意とする人間にこそ見えなかったが、他者の苦痛に寄り添おうとする姿勢はあった。傾聴力はこの後数百年ほどかけて磨き上げていったと考えれば何ら不自然なことではない。
 ウォッチャーなる未知の存在も今回が初登場となるわけだが、どこかQと似た雰囲気があり、そう簡単に協力してもらえるような感じがしない。「何故ラリスの容姿でピカードの前に現れたのか」とか「ガイナンとはどういう関係にあるのか」みたいな疑問は尽きないが、そうした疑問に対する解答は後々提示されるだろうから、次回以降の感想で取り上げたいと思う。

*1:Twitterで「BQはボーグクイーンの略ではなく、ぼっちクイーンの略だ」的なツイートを見かけたが、これは秀逸だと思った。