感想:『スタートレック:ピカード』シーズン2第5話「Qの陰謀」(ネタバレあり)

第4話

ストーリーの概略

 ピカードはついにウォッチャー(タリン)と接触することに成功したが、その風貌がラリスそっくりであることに当惑した。そんなピカードをよそに、タリンは自らの使命について話し始める。タリンは歴史を構成するタペストリーの中でも最も重要な1本の糸を見守り続けるという使命を担っており、その「糸」とは、ピカードの先祖でもあるルネ・ピカードであった。ルネは若い頃からずば抜けて優秀で、独学で宇宙飛行士への道を切り開き、エウロパ計画という惑星探査計画に参加することが決まっていた。
 ところが、ルネはプレッシャーに苦しんでおり、飛行士の座を辞退すると言い出しかねない状態にあった。そこに付け込んだのがQであった。Qはセラピストに成りすまし、ルネを計画から離脱させようとしていたのである。ピカードはタリンの協力を取り付け、Qの企てを妨害すべく行動を開始した。
 その頃、自らの衰えに気がついたQは別の手段を取らざるを得なくなっていた。Qが目を付けたのは遺伝子研究者のアダム・スン博士であった。不治の遺伝性難病を患う娘(コレー)を救うべく、博士は倫理規定をも踏み越えて研究を進めていたが、それ故に学界から追放されるという事態に陥っていた。Qはコレーの治療法と引き換えに、自らの企てに協力するよう博士に迫ったのである。

『ファースト・コンタクト』の語り直し?

 シーズン2が2024年の世界を舞台にした作品になると報じられたとき、世のトレッキーベル暴動と関係したストーリーになると予想したはずである(DS9「2024年暴動の夜」参照)。しかし、その予想は良くも悪くも裏切られることになった。ベル暴動が発生したのは同年9月のサンフランシスコだが、ピカードたちがやって来たのは4月のロサンゼルスだからである。おそらく、リオスが不法移民として取り締まられるくだりも、ミスリードを誘うために挿入されたのではないか。
 第5話を見れば明らかなように、製作陣の狙いは『ファースト・コンタクト』を踏まえつつ、新たな物語を展開することにあったということになる。しかも、本エピソードの監督は第8作と同じジョナサン・フレイクスである。ピカード一行が強敵(ボーグクイーン/Q)と戦いつつも、人類史に残る偉業(人類史上初の光速度突破/エウロパ計画)の達成を見届けるという構図は共通している。
 ただし、1つだけ決定的な違いがある。それはボーグクイーンの立ち位置である。劇場版第8作において、クイーンは最凶の敵として君臨していたが、今作では敵とも味方とも言い難い絶妙なポジションを獲得している。シーズン2の成否はこの違いを上手くいかせるか否かにかかっていると言っても過言ではない。

ボーグクイーンとジュラティ博士

 そうはいっても、ボーグクイーンの変質は賛否が割れることだと思う。今作のクイーンは過去作のクイーンとあまりにも違い過ぎる。例えば、クイーンはピカード(ロキュータス)やセブンに対するただならぬ執着を見せたわけだが、あれはどこに行ったのだろうか。今作においても、クイーンが両名を意識している描写はあるが、再度同化してやろうという意思をほとんど感じさせない。
 その代わりとでも言うべきか、今作のクイーンはジュラティ博士が抱える疎外感や孤独に目を付けた。しかも、クイーンは博士に自分と似たものを感じ取っているようである。集合体から切り離されたのだから、クイーンもまた内心孤独を感じていたとしても不思議はない。ただ、彼女はこれまでシリーズの絶対悪として君臨してきた。私は今作のクイーンを好ましく思っているが、トレッキーの中には、人間味あるクイーンなぞ見たくなかったと思う人もいそうではある。
 さらに言えば、ジュラティ博士がクイーンにあっさり付け込まれたのも不可解ではある。それだけ博士の孤独が深いということなのかもしれないが、シーズン1で博士はジャット・バッシュに利用されて悲劇を引き起こした。そのことを思えば、博士は自分を利用しようとしてくる人間にもっと警戒して然るべき―しかも、クイーンはジャット・バッシュ以上に露骨である―なのだが、どうにもディフェンスが甘い*1。はっきり言って、同じ過ちを繰り返そうとする博士には苛立ちすら覚える。脚本家がもっとじっくりと2人の攻防を描いていれば、こうはならなかったのに。

不自然なストーリー展開

 上述した点に加え、本エピソードには不自然なストーリー展開が目につく。まず、時間の転換点がピカードの先祖、ルネ・ピカードだったというのがそもそも出来過ぎである。『ファースト・コンタクト』のゼフラム・コクレーンとは違い、これまでのシリーズでルネという人物が偉業を成し遂げたという話は一切出てきていない。ピカードの先祖に宇宙と深く関わった人物がいたなら、TNGのエピソードのどこかで言及されて然るべきである。熱心なトレッキーほど、ルネの唐突な登場に困惑させられたのではないか。
 また、タリンがピカードをすぐに信用したのも不可解である。視聴者である我々はピカードが味方であると確信をもって判断できるわけだが、タリンにはそこまでの材料がないはずである。ピカードがQと同類である可能性も捨てきれない。しかも、ピカードの仲間はエイリアン(ボーグクイーン)を「殺害」し、警察官を負傷させている。「何か事情があったんだよ」というピカードの言葉だけで何故納得してしまうのか。

 ストーリー展開が多少強引でも、スピードや勢いで違和感を覚えさせないことは可能だが、『スタートレック:ピカード』はシリーズの中でもゆったりとしたテンポの作品である。脚本家はそのことを忘れていたのだろうかなどと言いたくもなる(もしかすると、ピカードというキャラクターが持つパワーで何とかなると楽観視したのかもしれん)。 

卑劣さを増すQ

 指を鳴らすだけで全てを思い通りに操れたQだが、最早彼にはそれだけの力が残されていないようである。それでも時間改変を成し遂げたいQは、あろうことか娘を思う父親の気持ちに付け込むという卑劣極まりない所業に走った。Qに息子がいることを思えば、その卑劣さは一層際立ってくる。彼は親が子を思う気持ちを理解できずにそうしたのではなく、知ってて敢えてそうしたということになるからである。
 スン博士と初めて会った時の口上からして、その独特な美学は健在なようだが、それもいつまで保てるか怪しい。余裕を失い、焦燥感にかられるQがどこまで道を踏み外してしまうのか。かつてのユーモラスな姿を愛していた者にとっては、続きを見るのが楽しみでもあり、悲しくもある。

 

*1:ピカードはそんな博士をクイーンと2人きりにするというミスを犯した。ボーグの恐ろしさは誰よりも知っているはずなのに、何故そんな決断を下したのか。この軽率さはピカードらしくない。